先週のライブでちょっと嬉しいことがありました。
先月、お店に来られたお名前も存じ上げないお客様が、「この間、聞かせていただいた○○という歌がまた聞きたくて来たので今日も歌って下さいね」と来店されました。友達にも聞かせたいからと4人で。確かに先月、「何度も聞いていた曲だけど、あなたの歌を聞いてすごく感動した。わかるわあ、女ってそうよね〜この曲、CDで出してないの?」とちょっと興奮気味に声をかけてくださったのでした。
その歌は、街中で昔の恋人とばったり出会ったというシーンを演じる歌なのですが、「目をつぶって聞いていても、その女性の髪形や服装まで目に浮かぶ」とおっしゃるその方も、「こんな体験はないけど・・・」と涙ぐんでおられたご友人も、とても感受性の強い方で、しかも真剣に聞いてくださっているのだと私の方も感激してしまいました。
私はシンガーソングライターではないので、私の歌っている歌は大抵、色々な人が歌っています。
だから、その歌が好きなのであれば、誰に歌ってもらってもいいことなので、そういうリクエストはよくありますが、あなたの歌うその歌が聞きたいと言っていただけるのは、とても嬉しいことです。
自分の思いや考えを歌っているわけではないので、演技者、伝達者ということになりますが、今回のようなタイプの歌はドラマを演じる演技者です。背景などのしつらえも相手役もなく、1人でワンシーンだけを3分程で演じるので、そのドラマの中にすぐにちゃんと入っていけることが重要で難しいです。例えば、歌の途中で人が通ったり、話し声が聞こえたり、演奏の音に違和感を感じたりしたら、たちどころに現実に戻ってしまいます。プロとしては、そんなものに惑わされずに常にドラマの中にいるべきなのですが、不本意な時もあってしまいます。逆に、ピタッときた時は、ほんとに泣いてたりします。その時の自分の心の状態ももちろん大きく関係するので、嬉しいこと、悲しいこと、失恋、ときめきなど、心が揺れて感情の起伏が大きい時には、それが自然に歌に出るみたいです。だぶん演奏者もそう。それがライブの良さだと思います。二度と、全く同じことはできません。いえ、同じことにはならない、歌い手も演奏者も聞く人も生き物だから。そう考えたら、口パクやエア演奏なんて絶対やりたくないなあ。したことないけど、神経を使うばっかりで楽しくないと思うし、聞く人にも失礼、それはライブじゃないもん。
もともと外国語の歌詞がついた歌を日本語で歌うわけですから、日本語が乗った時点でオリジナルと同じもの(コピー)にはなりえないので、カヴァーということになります。訳詞は自分で作ることもありますが、一般的に知られて市販本に出ている歌詞を歌っている場合も多いです。でも、その歌詞内容の解釈や言葉をそのメロディーにどう乗せるかは人それぞれです。だから、同じ曲を歌っても、そのドラマのシチュエーションや主人公の気持ちでさえ、歌い手によって変わってきます。何故なら、人それぞれ歩んできた道も体験も身体の中にあるリズムも違うからです。
CDか〜アルバムを作ったのは、考えたら15年も前。その頃には、ドラマ的な歌は、演技を見ず声だけでは伝わらないと思っていたので、こういうタイプの曲をCDに入れることは考えなかったのですが、私の歌も少しは成長したのかなあとちょっと嬉しい。年齢と共に声も変わってきた気がするし、第一、15年もたてば、人生経験値も違いますね!
でも、やはり、ドラマな歌は、是非ライブで聞いていただきたいなと思います。たっぷりお芝居します。
10月は、6日(火)10日(土)24日(土)、梅田新道のシャンソニエ(ライブハウス)ジルベール・ベコーで歌います。
皆さん、一度、聴きにいらしてくださいね。